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岩本貴志の勝手気まま、ブログ

ニコンカメラを使う理由!カメラの歴史を振り返ってみた


Nikon F3T + Ai Nikkor 50mm f1.2s



最近のレンズに思う事、ニコンを使っている理由について


ちょっと昔話入れてつつ、お話しようと思います。




もう一昔も二昔の事になるが、カメラのレンズといえば、非常に頑丈というイメージ。

買えば一生もの。


落としたり、ぶつけたりしなければいつまでも使えるというイメージがあった。


それが、最近のレンズには、どうも当てはまらないようだ。

落としたり、ぶつけたりしなくても、使っているうちにピントが甘くなってきたり。


それが、何の拍子で起こったのかも分からなかったり。

使っていたニコンの70-200mmf2.8では、ある日突然画面中心以外、ピントが合わなくなった。

今でも何が原因だったのかよく分からない。



タムロン2世代目、150-600mm



タムロンの150-600mm、使い初めはものすごくシャープで切れがあった。

でも、使っているうちに、ピンがだんだんと甘くなるのを感じた。

手振れ補正の効果も、使っていくうちに弱くなった気がする。

画質が不安定になりやすい手振れ補正は、大抵オフにして使うのだが、電源を切っても画質が改善されない事が多くなった。

手振れ補正用のレンズがセンターに戻らないのも原因の一つだったようだ。


最近のレンズは、手振れ補正のために、超精密複雑なジャイロセンサーやら、手振れ補正レンズの駆動システムやらと、非常に複雑。

それら複雑怪奇な、レンズ内手振れ補正の機構がどうも、悪さの根源のように思う。

正直定かではないが。

機構的にレンズを光軸に固定せずに、動かすわけだから当然といえば当然だろう。



オートフォーカスが使われる前の昔のレンズ、


レンズ構成的には複雑であれ、それぞれのレンズはしっかりと鏡筒に固定されていた。

駆動部分は、ズームの他はフォーカス絞りぐらい。

全ては機械式の操作。

壊れる要素がほとんどなかったという事も出来る。



ちょっとカメラとレンズの歴史を遡ってみようと思う。


レンズのハイテク化の第一歩として、まずオートフォーカス化


その前にはカメラの露出のオート化や、フラッシュのTTL化等のいろいろな進化があったが管理人は当時小学生。

あまり知らないので割愛する。



カメラをいじくり出すちょっと前、

最初に大ブームを巻き起こしたミノルタ、アルファー70001985年に発売された。


このカメラ、オートフォーカスのモーターはカメラボディに内臓され、レンズのフォーカス機構にギアで接続された。

レンズにモーターが無い分、レンズはマニュアルレンズと変わらないコンパクトさ。

誰でも簡単にピントの合った写真が撮れるようになった。

フォーカスポイントは真ん中の1点のみだが、止まっている物にはしっかりとピントを合わせた。

目の悪いお年寄りでも、一眼レフカメラでぴたりとピントの合った写真が撮れ、当時としては驚異的な事だったと思う。


メーカーごとにレンズにモーターをつけたり、ボディにモーターをつけたり方式はまちまち。


同時期キャノンからはT80というオートフォーカスカメラが発売された。

レンズ内モーターのシステムで、レンズがやたらと大きく見た目も芳しくなく、アルファ7000の影に完全に消えてしまったそうな。



早いうちに失敗するのはいいようで、キャノンのその後の現在までに続く成功と飛躍はその時の悔しさをばねにしているといっても、過言ではないのではなかろうか。


数年後キャノンは、FDシステムを潔く完全に捨去り、1987年EFレンズマウントシステムに完全に乗り換え再出発する事となる。


キャノンのその後の飛躍はすさまじく

即座に、レンズ内モーターを実用レベルまでコンパクト化させた。

電磁絞りUSM超音波モーターレンズ内手振れ補正を実用化させたりと、カメラ業界の、ハイテク化の先端を突っ走る事になった。

眼鏡を使うと誤作動するのが原因とかで、今は無い、オートーフォーカス視線入力機までも作っている。

最先端を突っ走るキャノンの後ろを、他社メーカーは、常に追いかける形となった。


キャノンは20年前から、ニコンが徐々に辿り着く事になった方式の殆どをいきなり取り入れていた。

USM超音波モーター、超高速オートフォーカス、フルタイムマニュアル、電磁絞り等々。

先見の名があったといえる。


ハイテクでは劣っていても、道具として使うにはニコンであれば古いレンズもずっと使っていけるというメリットがあった。

管理人はずっとニコンを使っているのはそれが大きな理由だ。

機械連動はアナログ的にいろいろと応用が利く。


最初に成功してしまったミノルタは、その後、パワーズームやらシャッター速度1/12,000秒など、スーパーシャッター、オートフォーカスクラッチ機構などを出したりしたが、市場にはあまり受け入れられず。

いろいろと迷走した末、ソニーにその血統は引き継がはしたものの、カメラ業界から去る事となってしまった。


最初に上手くいってしまうのは、良くないのかもしれない。



管理人は高校を卒業するまでは、ミノルタのカメラを使っていた。


アルファ7700i という1988年5月発売のカメラで、世界で始めて予測駆動のオートフォオーカスを内蔵したカメラ。

3点縦横に配置された測距センサーと、当時の他のカメラと比べると、オートフォーカスの性能では群を抜いていたと思う。



ニコンを使う事にした理由


高校を卒業する頃、カメラをニコンに乗り換える事にした。


理由はその豊富なシステムのラインナップ、特に望遠レンズのラインナップが気に入っていた。

カメラが新しくなっても、ずっと使っていけるレンズ。


将来は野生動物などを追いかけたいと思い、そのカメラやレンズの耐久性を最も重んじたのもまた、その理由だ。


雑誌を見ても、人の話を聞いても、ニコンは頑丈で壊れないと聞いていた。

撮影現場で、キャノンレンズがエラーが出て使えないと嘆くカメラマンの姿は何度が見たが、ニコンでは見た事が無かった。


マウントを変える事無く、古いマニュアルレンズも使えるうえ、絞りリングも付いている。


レンズ逆付けしてのマクロ撮影やら、古いレンズを付けたりと、いろいろと応用が利く。

それらの理由も当時、ニコンを選んだ理由の一つ。



当時高校生ながら、ミノルタのカメラは写真を仕事にするには不向きなカメラだなーと思っていた。

理由は以下の通り


  • ピント、マニュアルでの操作のしにくさ。マニュアルは使わないという前提でデザインされていた。

  • 絞りリングのないレンズ。

  • 単三電池が使えず、2CR5という1000円以上もするリチウム電池を使わなければならない。だいたい1本1400円していた。

  • ガタガタでしっかりとフラッシュを固定出来ない、特殊な形をしたシュー。(何であんな形にしたのだろう?)

  • ファインダーのピントの山のつかみにくさ。

  • プラスチックを多用した耐久性の弱そうなカメラとレンズ。

  • 使っていたAF100-300mmの画質の悪さ。


等々。


そしてバイトに励み、

高校卒業前に購入したのが、ニコンD4S105mmのマクロレンズ。

その後直ぐにシグマの28mmf1.8を購入した。


次いで、ニコンAF300mmf4s、Ai50mmf1.2Sとつづき、現在に至る。



高校卒業前に購入したF4s




それ以来、ずっとニコンを使う事になる。

もちろん、キャノンも使うが、自ら購入して使う事はいまだに無い。


F4の時代、他の多くの人がそうしたように、管理人自身もキャノンに乗り換えようと思っていた、が、やめた。


理由は、余計な出費がかかるのはもちろんの事だが、やはりその耐久性が心配だった。

システム的に、機械式でなく電子式、当時、現場で故障して使えなくなる人を幾度と無く、見たりしていたから。


きっと故障というか、レンズとボディの電気的連動接点の接触不良だったのだろう。





今回の本題に入る前に長くなってしまったので一旦ここで区切る事にします。



つづく




最後までお読みいただきありがとうございました。


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